はじめに「高専教育の発見」という、高専での教育成果と卒業後のキャリアの実態について行われたほとんど唯一の調査研究を紹介していくシリーズ。今回は第三章「高専教育の成果は豊かな職業的キャリアをもたらすか 林川友貴」から、高専での教育と卒業後の所得の関係について紹介する。「高専教育の発見」が問うていること第三章の話に入る前に、「高専教育の発見」に関して簡単に紹介する。この本は13の高専から1978年〜2008年までの間に卒業した3804名の高専卒の方を対象に行われた調査研究の成果をまとめたものである。この本には9つの章があり、各々に対して調査結果の分析・考察がされているが、本全体を通して取り組んでいるのは、「高専での学習」と「卒業後のキャリア」の関係性を明らかにすることだ。林川先生が担当された第三章では、「高専在学時の学効果」と「卒業後の所得、職位、仕事満足度」の関係について調べたものであり、本書全体を理解する上で非常に重要な章になっている。第三章で問うていること本章で設定されている問は・高専在学時の成績・卒業時の汎用能力・友人満足度の3つの指標(高専での学習効果)が、卒業後の・所得・職位・仕事満足度にどのように影響しているかを明らかにすることだ。本記事では、とりあえず所得との関係について紹介する。分かりにくいので追記しておくと、卒業時の汎用能力といううのは・自分の手を動かす問題から本質を掴む力・他社と共同する力・プレゼン力などが構成要素とされる。要するに、高専においてはロボコン、プロコン、英語弁論大会などの各種コンテストでどれくらい強いか、という指標だと思ってくれれば良い。高専で学ばれた方なら、この様なコンテストでの実力と学校での成績は必ずしも直結しない事はわかって頂けると思う。(個人的には、ロボコンやプロコンに必要な能力と高専での英語弁論大会などで必要な能力は大きく異なるので、これらをまとめて1つの指標にしてしまうのは余りにも雑過ぎると思う。)詳しく知りたい方は、「学校調査法による汎用能力評価の有効性に関する考察 安富 大塚 土居」などを参照されたい。所得関数所得関数所得関数所得関数所得関数所得関数所得関数所得関数所得関数所得関数所得関数所得関数所得関数所得関数所得関数所得関数所得関数上図は、高専卒の方の収入に関する線形回帰モデルである。こんなものをいきなり見せられても高専生が進路選択で参考になんて出来ないと思うので、Model 1から順に説明していく。線形回帰モデルとはまず、この線形回帰モデルによる分析というのはそもそも何をしているかというと、自分達が持っているデータ(ここでは3000人ちょっとの高専卒業生がその後どの様な学歴を取得したか、いまどんな職についてどれくらい稼いでいるか、みたいなデータを持っている)に自分で考えた説明モデルを当てはめてみると、どの要因がどれくらい効いているかとそのモデルでどのくらい説明がついたかが分かる。このとき、データとモデルのフィット具合を表すのが対数尤度とAICで、そのモデルでデータのばらつきがどれくらい説明できたかを表すのが決定係数である。例えばModel1では決定係数が0.19なので、19%ぐらいはこれで説明が着くが、81%はここで検討できていない謎の要因によって所得が決定されている事が分かる。また、大体のモデルはY = a X1 + bX2 + cX3Y:被説明変数 X1 ~ X3:説明変数 a, b, c:係数みたいな単純なモデルに成る。この時、係数が大きくなるような説明変数ほど重要な変数である。そのため、線形回帰モデルで重要なのは、この係数である。Model1 ベースモデルそれではModel1を見てみよう。ここでの被説明説明は当然「所得」である。説明変数は、表の一番左の列にズラッと並んでいるやつで、Model 1では労働経験年数と学歴だけを説明変数に採用している。つまりModel1では、「経験年数と学歴だけで所得を説明する」という非常にベーシックなモデルを仮に当てはめてみたら各々の結果はどうなったかを表している。このときの係数(上の例で行くとa ~ c)の値が、各モデルの列に書いている数字である。この値は本来-1 ~ 1の値と成るが、分かりやすいように100倍した値を表に書いている。この結果は、・経験年数は一年増えるごとに2%所得を増加させる・学士の学歴を取得すると8.78%所得を増加させる・修士の学歴を取得すると23.61%所得を増加させる・博士の学歴を取得すると23.06%所得を増加させる・その他の学歴を取得すると(専門学校とか?)10%ぐらい所得が減少することがわかる。Model2 高専での学習効果これをベースに、Model2を見てみよう。ここでは、説明変数として新しく高専での学習効果・高専在学時の成績・卒業時の汎用能力・友人満足度を追加している。また、これが「高専での学習効果オンリー」の結果なのかを考えるために、中学3年時の成績も説明変数として追加している。Model2の結果を見ると、これらの3つの説明変数は一単位増えるごとにだいたい4%弱ぐらいの収入増加をもたらす。まあこれはこんなものだろう。ここで面白いのは、学歴による効果(特に学士卒と博士卒)の係数が小さく成っていることだ。これはつまり、「学歴」の直接的な影響ではなく、高専で良い学習をできた人が結果的に学歴を取得するという間接的な影響もある事を示している。要は、「大学や博士課程で何かを学んで結果的に収入を増加させている」効果とは別に、「そもそも高専で良い学習効果を得た人が大学や博士課程に進んでいる」という効果もあるという事だ。卒業時の能力の影響を考えると、学士卒の学歴を取得する事が優位に収入を増加させているとは言えない。つまり、卒業時の能力が比較的高い人ほど大学に進学しやすいため、大卒と高専卒で収入の差があるのであって、「大学卒」の資格を取ること自体には対して所得を増加させる効果は見込めないということになる。このように説明変数を増やしていくと、各々の関係性について何となく見えてくるのが回帰モデルの面白いところだ。Model3 企業の属性を考慮 それではModel 3を見ていこう。このモデルでは、Model2の説明変数に就職先の企業の属性を表す説明変数を追加している。この結果を見ると、99人以下の企業に務める人と比べて、100 ~ 999人規模の会社に務めると約25%、1000人以上の規模の会社に務めると約48%、官公庁に務めると約22%所得が増加するらしい。高専生がこぞって大企業で勤めようと考えるのはこれを見ると至極当然である。 一方で、このモデルでは「高専での学習効果」のうち、高専在学時の成績の係数が大きく減少している事に注目してほしい。これはつまり、成績が良い人は大企業に入りやすいから収入が高くなるのであって、「成績が良いという能力」自体が所得に影響しているわけではない事を表している。この事は同様に係数が小さく成っている友人関係満足度(いわゆるコミュ力)に関してもある程度同じ事がいえる。一方で、勤め先の属性を考慮してもほとんど係数が小さくならない汎用能力は、ダイレクトに収入に影響している様だ。Model4 キャリアの選択を考慮最後にModel4について見ていこう。このモデルでは、転職回数や高専で学んだ専門と仕事の関係性といった、「個人のキャリア選択」を説明変数として追加している。これを見ると、まず高専の専門と仕事の関係は近いほど収入が高いことが分かる。高専ではベーシックな専門知識を実践的に広く学ぶことが出来るため、「自分の興味のあること」や「やりたいこと」を高専で学んだ専門とどうやって結びつけるかを考えるのが高専卒のキャリア選択においては重要だと言える。また、エンジニアの様なある程度普遍的な能力を身につける職においても、転職が所得にマイナスな影響を与えてしまうのは日本型経営の短所が出てしまっている感じはする。ただ、このデータは1978 ~ 2008年に卒業した人たちなので、いまどうなっているのかは気になることろだ。近年ではジョブ型雇用が叫ばれ、高度人材の流動性担保が目指されている。高専卒エンジニアにおいて今後これを改善していけるかは大きな宿題だ。ここで、モデル横断的に学歴と高専での3つの学習効果についてみてみよう。まず、学歴に関しては、学士と博士の係数がModel2において減少し、その後また増加するという挙動を見せている。Model3、4では就職先の属性や個人のキャリア選択を考慮している点から、この結果は「高専からの就職先選択の課題」が見えてくる。つまり、就職先の属性やキャリアの選び方がだいたい同じだったら学歴の効果は落ちるが、就職先の属性とキャリア選択の志向を考えると、学歴が重要になってくる、という事を意味する。これはつまり、高専から大学や大学院に進学した人のほうが、上手に職場選びやキャリア選択が出来ているという事だ。つまり、高専卒の学歴が大卒に対して制度的に不利に働いてているというよりも、高専卒ほど就職先の選択にミスが多いという事だ。考察 僕自身高専から大学に進学したが、この結果は妥当だと感じる。大学に来るとインターンシップの情報が友達との普通の会話で入手できるくらい、「仕事と学生生活の距離」がぜんぜん違う。高専は地方に点在し、勉強や研究に集中するには理想的な環境が整っているが、それが故に外の世界との間に分厚い壁のような情報のギャップが有る。また、高専は高い求人倍率(およそ20倍)を誇っているが、1つのクラスに800件来る求人情報を誰が十分に比較検討できるだろうか。高専は就職をすることを目的とすると非常にリッチな求人情報を提供してくれるが、「学生に将来の豊かなキャリアをもたらす」という観点ではまだ課題があるのでは無いかと思う。